ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

被災地に思うこと

境内のしだれ桜もすっかり葉桜になり、瑞々しい若葉を茂らせております。
ご門徒の皆様には、いつも早稲田墓陵(龍善寺境内墓地、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓)にお参り頂き有り難く存じます。

 

さて一昨日は近隣の真宗大谷派20ヵ寺主催による「第8回東日本大震災追弔法会」がここ龍善寺にて開催されました。大勢の僧侶によるお勤め、講師による法話、そして福島県産品の試食・販売など盛りだくさんの行事でした。この行事も今年で8回目となり、月日の経つのは本当に早いものだと感じます。

 

思い起こせば昨年のちょうど今頃、私は復興の現状を知ろうと思い、被災地を巡っていました。花巻経由で釜石に入り、三陸鉄道で南下しながら気仙沼までをめぐる行程です。なかでも陸前高田市は、街全体が津波に流されるなど壊滅的な被害を受けたところで、非常に印象に残りました。

 

この陸前高田市には津波で跡形もなく流されたお寺があります。真宗大谷派(龍善寺と同じ派)の本称寺です。その寺が高台に場所を変えて新本堂を建立したというので、是非訪れたいと思っていました。

 

本称寺は津波で本堂や門など全てが流されたのに加え、門徒さんの130人近くを失いました。住職自身は奇跡的に助かりましたが、妻や両親を亡くされました。これほどの絶望の淵に立たされながらも、新本堂再建にまで至った経緯などを住職にお聞きしたいと思いお電話したところ、快く引き受けて下さいました。

 

市の中心部からかなり離れた高台までたどり着くと、そこには真新しい新本堂が出迎えてくれました。本堂内陣のご荘厳は質素でありながらも、柱や床板の木造の初々しさが感じられました。震災の悲劇を乗り越えて、希望の光が感じられる温かみのある本堂でした。
また本堂横には鐘楼がありました。この鐘楼の大鐘は津波で流されたものでした。土砂に埋まっているところを掘り起こされた鐘は、まるで奇跡の象徴かのように、毎年3月11日に打ち鳴らされるようになりました。そしていまでは全国で鐘を同時刻に打ち鳴らす「勿忘(わすれな)の鐘」として広まっています。

 

これら一連のエピソードを住職に語って頂きました。住職の淡々とした口調の中にも、それまでの壮絶なドラマがまるで映画のシーンのように目に浮かび、胸の詰まるような思いで一杯になりました。そしてよくここまで立派な本堂が再建されるまでに至ったものだなと、この本堂のひとつひとつに、再建にかける門徒さんの思いが込められている・・・、とただただ感心しっぱなしでした。

 

まだまだお話しを聞いていたいところでしたが、帰りのバスの時間もあるのでお礼を言ってお寺を後にしましが、とても情に厚い方のようで街の中心まで住職に車で送って頂きました。有り難い限りでした。

 

街の中心はすでに大型ショッピングモールや図書館などが立ち並び、まったく別の街が出現したかのようでした。これからこの街がどのように活気を取り戻して行くのか、これからも時々訪れてみたいと思いました。

 

こうやってより多くの人が被災地に訪れるようになることが復興への支えとなる、改めてそう思いました。

 

合 掌

4:副住職 佐々木裕

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