ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

隠れ念仏から伝える大切さを学ぶ

寒さが身に染みて参りました。日頃より早稲田墓陵(龍善寺境内墓地、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓)にご参拝いただき、有難うございます。

 

さて、11月12日~14日より2泊3日で当寺旅行会がございました。毎年日帰り又は泊りで行っておりますが、今回は隠れ念仏という念仏禁止令が敷かれた南九州に総勢24名で行って参りました。
1597年薩摩藩主の島津義弘は、念仏禁止令を出し、念仏弾圧が始まりました。弾圧の理由は諸説ありますが、真宗門徒は「非権力」「人間平等」の思想が、支配権力者からは不都合な思想であり、また連帯して一向一揆を行うため、おそれられていたのが理由と言われています。一般的に知られている隠れキリシタン(潜伏キリシタン)と同様に、念仏信仰をしていることが分かると拷問の対象となるので、山の中の念仏洞という洞窟や、平地の隠れ穴などに本尊を置き、隠れてお念仏称えておりました。関東ではあまり知られていない事実ですが、まさに命を懸けて念仏をされてこられた事実があったのです。拷問を受けてもお念仏を守り抜いた人々の信仰心がありました。
鹿児島市内から程近い花尾隠れ念仏洞は、駐車場から山道を10分程登山すると2つの岩の隙間にあります。中は大変狭く、人は6~7人位しか入れない大きさです。ここで夜な夜な役人の目を避けて人が集まり、お念仏を称えていたそうです。実際、隠れ念仏をされていた子孫の方にガイドをしていただき、先祖が命を懸けて守ってきたお念仏の教えだからこそ、人々に伝えていきたい思いがあり無償ガイドをされているとおっしゃっていました。そして現在でも「講」という仏教の教えを伝えていく集会が引き継がれており、各寺院の門徒さんはいくつかの地域の講で形成されているそうです。 現代では、少子化や大家族ではない為、仏壇に向かう祖父母の姿を見る事が無くなり、子孫にお念仏の教えを継承することが難しい時代になっています。
中国の僧侶である善導大師は「自信教人信(じしんきょうにんしん) 難中転更難(なんちゅうてんきょうなん)」(自ら信じ人を教えて信ぜしむること 難きなかにうたたまた難し)という言葉を残しておられます。お念仏の教えを自ら信じて、人に教えて信じてもらう事は難しい中でもさらに難しいという意味です。私は浄土真宗の僧侶になって10年になりますが、まだまだ真宗の教えが分かっている訳ではありません。日々学びとなる毎日を送らせていただいております。その中で、ご縁があった皆様や妻、子供にも伝えているつもりですが、本当に伝えていく難しさを実感しています。素晴らしい教えだから伝えなくとも伝わると云われることもありますが、この情報が氾濫している時代ではそれも難しいと思います。
真宗の教えはどの時代でも、他人に代わる事が出来ない人生だからこそ、精一杯生き切るために有り難い教えだと確信しております。
親鸞聖人が真宗の教えを開かれてから2024年で立教開宗800年になります。800年前から弾圧を受けつつも今の時代でも伝わり、人々の心をつかんで離さない教えを、一人でも多くの人に触れていただきたいと願っています。

 

南無阿弥陀仏

 

3:副住職 石井祐司

一覧ページに戻る