ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

お彼岸

今月はお彼岸月です。お彼岸といえば皆さんお墓参りに行かれます。
当寺でもお彼岸期間は大勢の参拝者が来られます。
さて、お盆とお彼岸はお参りに行かれる方が多いですが、そもそも
お彼岸はどういった風習なのでしょうか。

 

お彼岸の意味についてですが、お彼岸とは彼(か)の岸ですから
向こうの岸の事を言います。
サンスクリット語(インドの昔の言語)でパーラミターといい、
涅槃(悟りの世界・苦しみのない世界) の事を言います。

俗に言うと死後の世界の事でしょうか。
それに対して、こちらの俗世界は此岸(しがん)と言います。
諸説ありますが、お彼岸は向こうの世界を想い、先祖を想い馳せる
ためにお参りすることから発生したようです。

 

それでは、お彼岸はなぜ3月の春分の日と、9月の秋分の日が中日に
なっているのでしょうか?
これは浄土教の教えと強く結びついております。
龍善寺の宗派である浄土真宗は、阿弥陀如来を本尊としております。
西の彼方に阿弥陀如来の仏の国(極楽浄土)があると浄土三部経に
書かれております。
両日とも太陽が真西に沈みます。太陽の沈んでいく方向が、ご先祖の
いらっしゃる仏様の世界なのです。
真西に沈む太陽に手を合わせ、いつかは自分自身も西方にある極楽浄土
に往生を願うことから、中日をはさみ前後3日間をお彼岸と呼んでおります。
私たちのいのちは大勢の先祖から脈々と受け継がれています。
その大勢のご先祖が一人でも欠けていれば私達は生まれていない訳です。
それを思うと我が身は偶然に生まれた稀有な存在だと思えないでしょうか?
普段はそういった事に気付けない私達ですが、この期間に先人に思いを馳せ
ながら手を合わせてみてはいかがでしょうか。

合掌

3:副住職 石井祐司

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