ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

寺院旅行会

先日、毎年恒例の龍善寺旅行会が実施されました。
旅行の時期も宿泊数も毎回異なりますが、今年は4月26日から28日までの3日間、龍善寺の境内墓地・納骨堂・永代供養墓等をご利用されているご門徒さんと共に、住職・坊守・小林を合わせた約40名で富山・石川県を訪れて来ました。

 

今回、参拝させて頂いた寺院は石川県の金沢別院をはじめ、富山の城端別院、井波別院、光徳寺、行徳寺の五ケ寺。
各別院では大きな本堂にて、参加者全員でお勤めをさせて頂いた後、職員の方が寺院の歴史を詳しく丁寧にご説明してくださったおかげで、現在に至るまでの背景を深く理解することが出来たのと同時に、各寺院それぞれに特徴があることを知る機縁にもなりました。
例えば、最初に参拝した金沢別院と翌日の城端別院では、定例法話会を毎日開催しており、いつでも真宗の教えに触れることが出来る環境が整っています。
井波別院は木工彫刻が有名な町になっているほどで、別院内の柱・梁・欄間など、至るところに芸術的とも言えるような彫刻が施されているのも圧巻です。
また光徳寺は画板で有名な棟方志功さんが戦時中、疎開されていた寺院でもあり、寺内には多くの作品が所狭しと展示されており、見応え十分。
そして、行徳寺では蓮如上人の教えをご縁として建立された寺院でもあり、その背景について法話を交えてお話してくださっていたのが印象的でもありました。

 

お寺の旅行会ですから、参拝が中心になりますが、寺院巡りだけをしているのかと言えばそうではなく、参拝以外にも随所に観光名所に立ち寄ったり、お土産を買ったりと楽しんでいただく時間も取り入れています。
初日の石川県では日本三大庭園のひとつ、兼六園や金沢城公園を散策したり、翌日の富山県では国指定の重要文化財になっている五箇山の岩瀬家や700種類もあるチューリップ園などにも訪れたりと、参加者を退屈させない内容になっていましたが、時間的に無理のない行程だったこともあり、90歳代の方も数名ご参加頂いたほどです。

 

さて、今回訪れた北陸地方は、約500年前に蓮如上人という方が、比叡山からの弾圧を受けながら、布教活動の拠点を変えながらも、浄土真宗の教えを広められた重要な地域です。
その為、富山・石川と福井を含む北陸三県は「真宗王国」という言葉があるほどに、浄土真宗の教えを熱心にいただいているご門徒さんがとても多い地域としても有名であり、念仏の教えが、平成の現代にでも、しっかりと根付いている地域です。
親鸞聖人が顕かにしてくださった浄土真宗の教えを後世の蓮如上人が広められ、その真実の教えに頷かれた先代、祖父母、両親らが自らの生活や生き方を通し、子や孫へ伝えていく。浄土真宗としての仏法が受け継がれていく姿を「法義相続」もしくは「念仏相続」と言っています。
今回の旅行会の中で、その受け継がれている事実を少しでも肌で感じることが出来たのと同時に、各寺院へ参拝させて頂いた私たち自身が、次の世代へ本当に何を相続させていくべきなのかということを考えるきっかけにもなったと思います。

 

また、城端別院の本堂から奥の間へご案内頂いた際、通路の壁に
「口から出るのが念仏ではない、今、自分の生きておる全体が念仏です」(安田理深)
と掲示されていた言葉が目に入ってきました。
私たちは何かを食すとき、口では「いただきます」と言ってはいるものの、本当に「いのちを奪ってまで」という思いや実感が、私たちの心の中にあるのでしょうか?
口で「南無阿弥陀仏」と念仏を申していても、本当に真(念仏)が、私のこの身の事実になっているのでしょうか?
「我が家は浄土真宗だ」と言いつつも、真宗としての歩みを本当にされているのでしょうか?
城端別院で出遇った言葉は、真宗門徒として生きる私への問いかけである一文として受け止めています。

 

今回参加された方々が、旅行会の中でそれぞれに感じたこと、気づかされたことを単に旅行会の中だけで終わりにしてしまうのではなく、普段の生活に戻って、今の自分自身と照らし合わせ、改めて我が身の姿に気付かせていただくことで、寺院旅行会に参加された意義が生まれてくるのではないでしょうか。

 

来年は京都・本山への参拝を予定しております。
( 詳細はまだ未定です。)
個人での参拝もさることながら、団体参拝での良さもあると思います。
皆さんのご参加を心からお待ちしております。

 

南無阿弥陀仏

 

 

2:住職 小林太一

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