ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

思い込み

私が、龍善寺でご縁をいただき、1年が経ちました。
この1年を振り返ってみますと、本当に多くの出遇いや学びのある時間であったと感じています。
ここ龍善寺の住職や先輩方をはじめ、龍善寺にご縁のある皆さんと日々の出遇いを通し、また、法要などの仏縁の中から、改めて自身の課題とすることに気付かされたことが多かったと思います。

 

以前、納骨堂の見学対応をさせていただいた際、仏事についての質問等をいただき、自分で理解していたつもりで、お答えしたのですが、見学が終わり、改めて先輩に伺ったところ、自分の答えとは、別の答えが出てきました。今まで、何の疑いもなく、正しいと思っていたことが、実は正しくなかったと気付かされた瞬間でもあります。
そしてその時、先輩が言っていた「わかったつもりになるな。」という言葉が何かとても新鮮に聞こえてきました。

 

私は以前、違う職場で、3年間、主に法要などを行う法務を行い、ある程度自分では知識があると思っていました。しかし、知識はやはり知識でしかなく、また、本当はちゃんと理解しきれていないのに、わかったつもりで答えてきたのが本当の自分の姿であったと、改めて、この一年という時間を通して、痛感させられた気がしました。

 

私はお寺の生まれでありながら、実はお寺のこと、そして浄土真宗そのものを、本当に理解しているのかと問われると、自信をもって「はい。」と言えない自分がいます。
ただ、全てを理解してから歩み始めることが浄土真宗の仏道ではなく、わからないなりの私がそのまま、すでに歩んでいけるのが、真宗の仏道だと受け止め直している次第です。
まだまだ、自分自身、真宗について学ばなけらばならないことがたくさんあります。その一つ一つを実感しつつ、今後も歩み続けていきたいと思います。

 

合掌

5:副住職 音俊輔

一覧ページに戻る