ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

お参り

早いものでここ龍善寺でご縁をいただいて1年が過ぎました。
最近は暑くなってきて少しずつ夏が近づいてきているような感じがします。
夏と言えば7月にお盆があり、ここ早稲田墓陵(境内墓地・早稲田納骨堂・永代供養墓)に参拝に来られる方が大勢いらっしゃいます。
納骨堂、永代供養墓共に365日参拝できますのでいつでもお越しください。

 

納骨堂で毎月必ずお参りに来られる方々の姿をよくお見受けします。
そのお参りをしている姿を見て私もあらためて「お参り」について考えさせられました。
正直、毎月のようにお参りに来られて、すごいなと思ってしまうのが本音です。
参拝に来られています方の中には、お参りに来ると亡くなった方が笑顔になっているような気がするからとか、自分自身が辛い時などにお参りにくると気持ちが落ち着いて、元気になるからとか、中には自身の地元では毎月15日、30日にお墓参りをするのが風習でその習慣でお参りに来ているといった方もいらっしゃったり、自分自身はもう長くないから来れるうちにお参りにきていると、皆様お参りにくる背景は様々です。

 

私自身、実家がある石川県に住んでいるときは、お墓が目の前にあるのにもかかわらずお盆やお彼岸の時ぐらいにしかお参りに足を運んでいませんでした。
といいますのも、実家のお墓参りにいくと嫌なことを思い出してしまうのでなかなかお参りに足が向かないというのが現状でした。
ただ、納骨堂で出会った人で「元気になるから、元気をもらえるからお参りに来ている」というひと言を聞いたときは羨ましいなと感じましたし、いつか自分もそのような形でもお参りにいけたら良いなと思います。

 

また最近ですが、親戚のお墓が埼玉にあるというのでお墓参りに行ってきました。
私の故郷の石川県から遠く離れた埼玉にも亡き方々のお墓があるということに驚き、遠く離れた地でもこうして命が繋がって今の自分の命があるのだと改めて感じ、その場に立たせてくれたご縁に、「ありがとうございます」と手が合わさりました。
お墓というのは、「私もいずれここに入る身となる」ということを知る場所
むしろ、亡き方々のための墓参りというより、亡き方々が私たち生きている人々に教えを説いてくださる、「仏縁に触れる」場所ではないかと改めて感じました。

副住職 大野光

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