ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

金子大栄の書

先日は中国地方で大雨があり、連日の暑さにより各地で熱中症被害があるようですが、みなさまお変わりなくお過ごしでしょうか。早稲田墓陵(龍善寺境内墓地、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓)にお参りに来られる方も十分にお気をつけください。

 

 

さて、私は古い書物を読んで昔の人たちが残した言葉や教えを学ぶのを日課としておりますが、先日次のような言葉に出会いました。

 

 

「念仏の心根に受容せらるゝ思想のみが真実である 大栄」

 

 

この言葉は金子大栄という真宗大谷派僧侶が堂々たる達筆で一枚の色紙に書いた格言です。この書は元々別の方が所有していたものですが縁あって先日私が引き受ける事になりました。

さて、金子大栄師は真宗大谷派の中では大変著名な人物でして真宗教学の発展と近代化につとめた人物です。

 

 

大栄師は様々な思想を学んだ人でありましたから世界には仏教以外にも素晴らしい教えが沢山あるのだと思われたに違いありません。しかし、大栄師はどれだけ様々な宗派・宗教を学んだとしても浄土真宗の教えにまさる思想はない、もし、素晴らしい思想があったとしてもそれらは全てお念仏の心に共通する部分があるから素晴らしいのであると思われたのではないかと思われます。

 

 

親鸞聖人は「ただ念仏のみぞまこと」と言う言葉を残していますが、大栄師も同じ考えであったのでありましょう。

 

 

私は真宗大谷派僧侶の立場にあるものではありますが、お念仏のお心のみが真実であると断言できるようになるにはまだまだ程遠い存在であります。どこかで真宗の教えに疑問を持ち、もしかしたら真宗の教えこそが真実なのかもしれないと思いながらも迷いに揺れ動いています。

 

 

大栄師のように「念仏の心根に受容せらるる思想のみが真実である」と断言出来るほど信心深くなれるかどうかは分かりませんが、これからも真宗の教えを学び、大谷派僧侶として仏道を歩んでみたいと思う所存です。

 

 

 

あなかしこ あなかしこ

 

副住職 四方泰之

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