ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

暑い日が続きますと、つい外出することを躊躇してしまいますが、
お盆の時期ということもあって、この暑い中でも、多くの方が早稲田墓陵(龍善寺境内墓地、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓)へお墓参りに来られています。
ただ、外の暑さとは違い、空調の効いた涼しい建物の中に一日いますと、つい夏を忘れがちになりそうですが、龍善寺の裏にあります公園から聞こえてくる蝉(セミ)の鳴き声が、その感覚を呼び覚ましてくれています。

 

先日、その蝉について少しだけ調べてみましたら、蝉は種類によって鳴く時間帯が異なっているようでして、ミンミンゼミは午前中、アブラゼミやツクツクボウシは午後に鳴くそうです。
鳴き声が違うことは、子供の頃から多少なりとも気づいていましたが、まさか鳴く時間帯が違っていたとは今まで知りませんでした。
また、種類にもよりますが、幼虫として土の中いる時間は3年から10数年ともいわれていて、実は昆虫類の中でも上位に入る寿命の長さだそうですが、ご存知の通り、成虫した蝉として地上にいられる平均寿命は、1週間から2週間程ととても短く、昔から、蝉はその命の無常さ儚さを語られてきた存在でもあるわけです。

 

その寿命を私たち人間に置き換えた場合、日本人の平均寿命は、男性が80歳、女性が87歳。
最近、世間では「100歳時代」という言葉まで出はじめていますし、実家の近くに新設された医療施設の名前も「○○長寿センター」となっていました。
こうなりますと、社会全体が長く生きることを人生の目的としているかに思えてなりませんが、本当に生きた「長さ」だけが重要なのかと自問してしまうこともしばしばです。
もちろん、人それぞれ、受け取り方、感じ方は異なりますが、実は、その寿命の長短に関係なく、誰とも代わることのない人生をどう生ききったのか。
蝉が蝉としての一生を生ききり、私が誰も代わることのない一生を生ききる。
その事実に立ち返っていくことも大切ではないでしょうか。

 

お寺の裏の公園から、蝉の声を聞くたび、私たち人間側のいのちのあり方そのものを問いかけられているように思えてなりません。

 

まだ、暑い日が続きますので、熱中症などに気をつけながら、早稲田墓陵(龍善寺境内墓地、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓)へご参拝ください。
南無阿弥陀仏

2:住職 小林太一

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