ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

野分けまたの日           浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺 早稲田納骨堂発

浄土真宗が最も大切にしている行事・報恩講の季節となりました。浄土真宗(真宗大谷派)本山 京都東本願寺の報恩講は、親鸞聖人の祥月命日、11月28日までの一週間勤修されます。2月(旧暦のご命日)あたりまで、本山以外の日本全国の浄土真宗の各お寺やご門徒さんのご自宅でもそれぞれの報恩講が勤められます。報恩講は、親鸞聖人の御命日の法要ですが、親鸞聖人に感謝し、そのご恩に報じて念仏が続いていくことを願う仏事です。

 

浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺 早稲田納骨堂の報恩講は11月3日(土)の午後、4日(日)の午前と午後に勤修されます。

 

気が付けば、11月。今年の夏から初秋にかけては自然災害が各地で大きな被害をもたらしました。台風もその一つです。東京で電車が一斉に止まるという、今だかつてなかったこともあり、自然から大きな影響を受けた印象的な年になりました。被災された皆様に対しての言葉はみつかりませんが、自然災害からも多くのことを教えられます。

 

台風がくると私の中で思い起こされる言葉があります。「野分またの日」・・・台風、嵐の次の日という意味です。「野分またの日」は、強風と雨にすべてが洗い流されたかのように、すがすがしい日があります。私はこの「野分またの日」という言葉が好きで、台風の次の日の青空の日に、この言葉をよく思い出します。高校時代に古典の授業で教わったのか、この言葉だけを覚えていて、今回、改めて調べてみると清少納言の『枕草子』に出てくる言葉だったようです。「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」・・・台風の翌日は非常にしみじみとした趣があり面白い、と清少納言は記しています。
『枕草子』は天皇の皇后に仕えた清少納言が、日々感じたことを書いた日記文学らしく、最近では「千年前のブログ」などとささやかれているようです。

 

私たちが使っている言葉の中にも、古い時代から使われている言葉がもとになったり、ご存知のように、仏教用語も日常生活にちりばめられています。浄土真宗(真宗大谷派)本山 京都東本願寺のHPにも「え!?仏教語だったの?」というコーナーがあります。その中の一部をご紹介しますと、日常でもよく「大丈夫?」と言いますが、もともとは『仏になる志が強い人は、どのような困難をもモノともせずに立ち向かっていける』という意味で、「困難をものともせず」という意味だけが残ったようです。「達者(たっしゃ)」という言葉は『学ぶべきことを学び終わり、真理に到達して心も身体も健康な者』という意味から、「健康な者」という意味だけが今使われているようです。(一部HPより抜粋)

 

方言にも古い言葉がちりばめられています。私の郷里では「よだきぃ」とよく言いますが、同郷の方なら、すぐに「大分県人だ」わかるように、大分では、よく使われる言葉です。「よだるし」(非常に疲れてだるい)という古語からきている方言だと聞きました。他にも「むげねぇ」(「むげなし」それ以上ひどいことはない?)、「しゃぁしい」=(「せはし」きぜわしい)と今でも使われており、そんな方言にもなかなかの味があります。方言がTシャツにデザインされたものもあり、目にすると心に広がるのは望郷の念、でしょうか。

 

そんな日常に使われる古くからの言葉ですが、仏教語「他力本願」という言葉について、よく誤解されて使われることが気になります。一般的には「他力本願」は「自分の力ではない。人の力にたよる」というような意味で使われています。
今年の6月のサッカーワールドカップ・ポーランド戦の時のことです。日本のチームがその試合で結果を出すことよりも、他の場所で行われている試合結果を頼りに、決勝リーグに進むことに賭けました。その試合では失点を避けるためにパスワークだけをし、ブーイングを受けたことは記憶に新しいところでしょう。他のチームの勝敗により、決勝リーグに進むという、結果的に、日本のチームとしては快挙を成し遂げたわけですが、なんとも言えないもやもや感が残りました。その試合の後のインタビューで、監督はその試合について「他力本願と言われるかもしれませんが・・」と言われたのです。「自分達の試合で結果を出さずに、他のチームの勝敗に頼った」ことを「他力本願」と表現されたのです。

 

浄土真宗では、「本願他力」は最も大切にされることです。お任せするのは、少なくとも「他人の力」ではありません。私たちの努力精進で及ばないことは、仏さまにお任せするしかないと、私は聞いてきました。日常の生活には、もちろん、努力と精進が必要なことに違いないのですが、自分たちの力(自力)が及ばない世界があることを仏教に教えられ、仏さまにお任せするというのが、浄土真宗の教えと、私は受け止めています。そのことの意味は深く、正直、難解です。これから皆様と一緒に学んでいけることを願っております。

 

さて、野分またの日。人生は、時には嵐にも例えられます。そして、その時々の嵐もあります。野分の翌日は、青空でなくとも、振り返れば「いみじうあはれにをかしけれ」と思えるように、生きてみたいものです。

 

最後に、冒頭でもお知らせしましたように、浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺 早稲田納骨堂の報恩講の日程は以下の通りです。

 

11月3日(土) 午後14:30受付開始 15:00勤修開始
港区了善寺住職 百々海(どどみ)真先生のご法話と、親鸞聖人の一生「御伝鈔」拝読

 

11月4日(日) 午前の部  9:30受付開始 10:00勤修開始
午後の部 12:30受付開始 13:00勤修開始
午前、午後の部とも富山県妙蓮寺住職 竹部俊惠先生のご法話

 

全ての日程にお持ち帰り用のお弁当のご用意があります。
参加ご希望の方は、浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺 早稲田納骨堂まで事前にご連絡ください。
多くの方々のご来寺を心より、お待ちしております。
また、早稲田納骨堂は報恩講の時は開放され、個室ではなく、オープンブースとなります。

 

報恩講が終わると、秋も終わり、「立冬」、冬がやってきます。「しばれる冬」に備え、皆様も健康にご留意くださいますことを浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺 早稲田納骨堂、スタッフ一同念じております。

 

合掌 釋尼 至薫(20181031)

副住職 額田薫

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