ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

早稲田と熊本・玉名を繋ぐ縁 浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺(本山 京都・東本願寺)早稲田納骨堂発   

はや、12月も半ば。浄土真宗(真宗大谷派)龍善寺(本山 京都・東本願寺)早稲田納骨堂入口前のしだれ桜の葉っぱもすっかり落ち、冬の空をいっそう寒々としたものに感じさせます。ここ、龍善寺 早稲田納骨堂にも2018年の残り少ない日を惜しむように、平日も12月に入っていつもより多くの方がお参りにいらっしゃっているように見受けられます。

 

話は変わりますが、早稲田と聞いて思い出す文豪の一人に『吾輩は猫である』などで有名な夏目漱石がいます。早稲田駅から約400m、徒歩7,8分のところ、浄土真宗(真宗大谷派 本山 京都・東本願寺)龍善寺にもほど近いところに、「山房会館」という漱石ゆかりの記念館があります。漱石は亡くなる前の9年間をこの場所で過ごし、現在、再現されている書斎「漱石山房」で数々の名作が生み出されたと、新宿区漱石記念館HPで紹介されています。

 

短い時間でしたが私も一度、この会館を訪ねたことがあります。古い家が残っていると思いきや、モダンな外観におしゃれなカフェもあり、漱石の生涯や作品が時代を追って紹介され、漱石を取り囲む数々の知人との関係などもわかりやすく紹介されています。再現された書斎「漱石山房」も興味深いものがあります。

 

漱石を初め、漱石を訪ねてきた名だたる文豪達が私が歩くこの道を闊歩していたことを思うとなんだか、楽しくなってきます。もともとは物書きではなかった漱石は、心の病の気晴らしに正岡子規の勧めで文章を書くようになったそうです。『吾輩は猫である』で一世風靡した漱石の周りには多くの文人が集まり、漱石の健康を心配した妻・鏡子が彼らの来訪を週に一度・木曜日に限定したことから「木曜会」という会合が発足したというエピソードも知りました。

 

漱石は大学卒業後、四国の松山、九州・熊本に教師として赴任したようです。私もひょんなことから、熊本、玉名市浄土真宗(真宗大谷派)のお寺のご住職とご門徒の皆さんとご縁ができました。その玉名市にある小天(こあま)温泉は漱石の『草枕』の舞台になったところで、私が訪ねた温泉施設は、その名も「草枕温泉」でした。

 

その温泉は小高い山の上にあり、向こうには雲仙普賢岳を臨み、足下には有明湾の灌漑用地が広がる絶景付の温泉です。私が訪ねた日は雲に隠れていた普賢岳がうっすらと姿を現し、霞がかった美しい夕日とともに段々に姿を消していく、そんな幻想的な景色でした。漱石はその辺りを舞台に小説『草枕』を書いたようです。

 

そして様々な地方のお寺にご縁をいただいて思うことは、浄土真宗の教えがこんなにも日本の隅々にまで広がり、熱心なご門徒さんたちによって受け継がれていることへの感慨です。念仏の歴史は広く、深い・・・つくづくそう思います。

 

山房会館に行った後、玉名との縁を想い、小説『草枕』を買いました。1人の画家がこの温泉に滞在し、不思議な女性と巡り合い、その人を描こうとするも描けない何かがあり最後にその何かにたどり着くという話です。

 

小説の中で、満州に向かうその女性の元夫を駅で見送る画家は、
「汽車」は20世紀を代表する文明と語り、「人は汽車に乗ると云う。余(私)は『積み込まれる』と云う。人は汽車で行くと云う。余(私)は汽車で『運搬される』と云う。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。」(『 』及び(私)は額田による)とつぶやいています。そんな画家(=漱石)が今の東京のラッシュアワーの光景を見たら何と言うのでしょう・・・身体と個性をぎゅうぎゅうに潰され、鮨詰め状態で「運搬」される我々。通勤電車の中では、個性はおろか、命さえ危ういような時があります。

 

『草枕』の冒頭は、小説『草枕』を読んでなくとも、どこかで耳にしたことがあるような有名な文章です。
「山路を降りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹(さお)せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世はすみにくい。」
改めて読んでみると、つくづく真実をついた言葉だと思います。また、今回のブログを書くに当たって、丁寧に読み返してみると、次にこんな件(くだり)が続いていました。
「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこに越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。」

 

「どこに越しても住みにくいと悟る」ことができない私には詩も生まれず、画も出来ません。ここではない何処か、あなたではない誰か、いまではない何時か・・・そうして右往左往する私自身に向かって語られているように感じた瞬間でした。「どこに越しても住みにくいと悟る」とは、浄土真宗 宗祖・親鸞聖人の「地獄は私の居場所」(一部抜粋『現代語 歎異抄』朝日新聞出版より)というお言葉に通じるものがあるように思っています。

 

今回は、早稲田と玉名を繋ぐご縁を通して、雑多な思いを書きました。浄土真宗(真宗大谷派 本山・京都東本願寺)早稲田納骨堂へお参りの際は、是非「山房会館」へ足を伸ばし、ガラス張りのカフェから漱石と同じ目線で町を眺め、コーヒーを片手に活字を読みながら、ちょっとした気分転換などはいかがでしょうか。

 

今年もあと僅かになりました。浄土真宗(真宗大谷派 本山京都・東本願寺)龍善寺 早稲田納骨堂では、年末年始もお参りができます。参拝の時間は、12月29日(土曜日)から1月3日(金曜日)は休日時間となり、17時までのお参りとなります。4日以降は、通常通りの時間帯、平日は、18:45まで。土日、祝日は17時までです。ご留意ください。

 

寒さが本格的になってきました。あわただしい年末、十分に健康に気をつけてお過ごしください。残り少ない2018年、龍善寺・早稲田納骨堂への皆様のお参りをお待ちしております。

 

2018年12月15日 額田 薫

副住職 額田薫

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