ブログ|早稲田墓陵

魂の故郷(いのちのふるさと)から一言

住職、副住職をはじめ龍善寺のスタッフが、日々の歩みの中で気づいたこと、
感じたことを綴ってまいります。一月1回の更新予定です。
これもご縁と、ちょっと息抜きにでも、お立ち寄りいただければ有難いことと思います。

私は大丈夫!?

2月も終盤にさしかかってきました。寒暖が激しく、外に出るのが億劫な季節になっても、早稲田納骨堂、早稲田永代供養墓、当寺区画墓地へ足を運ばれる方が多く見受けられます。
2月を思い返せば、初旬では、しんしんと雪が降っていました。中旬では春一番が例年以上に早く吹きました。私が捉えている2月は、凍えるように寒いイメージだったのですが、だんだんと変わってきていますね。

 

話しは変わり私事になりますが、先日、妻がウイルス性胃腸炎にかかりました。寒暖が激しい季節なので、妻に体調崩さんように気いつけやと言っていたのですが、妻は病気知らずで、本当に体が丈夫で健康でしたので、「私は大丈夫」と一蹴されておりました。そんな妻がウイルス性胃腸炎にかかり、苦しんでいる中、「私は大丈夫だとおもっていたのにー」と口からこぼしていました。

 

私たちというのは、どうしても自分に不都合なことは、自分に降りかからないと思っているのですね。そして、常に健康で変わらず生きていけると思っている人も多いのではないでしょうか。そして、風邪・病気・事故等にあえば、「まさか自分の身に起こるとは思わなかった」「なぜ自分だったのか」と、こぼす方もいるのではないでしょうか。

 

病気といえば、競泳の選手が白血病になったとの報道があり、様々な感想や意見が飛び交っているようですが、この報道を他人事のようにみていませんか。自分がなるかもしれないということを考えているでしょうか。考えていない方の方が多いのではないでしょうか。そういう私もその1人ですが、私たちというのは、大切な方になにか大事が起きた時に、本当の意味で、考え、気づかされることが多いのかなとも思います。

 

私には1歳の娘がいるのですが、心底可愛くて愛おしくて目に入れても痛くない存在です。その娘も、妻と同じくウイルス性胃腸炎にかかりました。普段は元気すぎるほど元気な娘が高熱と嘔吐でうなされていてぐったりとしていたわけですが、その姿を見ていると苦しくて、辛くて心が打ちひしがれるような気持ちになりました。何度も私が変わってあげたい、私だったらよかったのにと思いましたが、悲しいことに、変わることができないのです。

 

わが身(いのち)は自分だけのものではないですが、自分自身でしか生きていくことが出来ない。病気になっても、体が不自由になっても、苦しくても、辛くてもわが身を生きていかなくてはいけない。それをわかっているつもりになっていたことをあらためて、考えさせられました。

 

浄土真宗8代目の蓮如上人が門徒宛に記したお手紙の一つに、白骨の御文(生死観、無常観が多く記されている)があります。そのなかに「われやさき、ひとやさき」(私が先に亡くなるのか、他の人が先に亡くなるのか)という文言があります。
私たちは、「ひとやさき、われやさき」になっているのではないでしょうか。人のことはとやかく言いますが、自分自身が病気になり、不自由になり、亡くなっていくという存在であることを棚に上げ、気づかないように、後回しにしていませんか。
あくまでも、「われやさき、ひとやさき」なのだと思います。
病気になること、不自由になること、亡くなることを、私事として見つめる。考える。
そのように歩んでいくことが、大切なのではないだろうかと感じています。

 

また、先人が繋げてくれているわが身を、先人に訪ねて見るのもわが身を知る大切なことだと思います。
3月にはお彼岸もありますので、是非お参りに足を運んでいただきたいと思います。

 

南無阿弥陀佛

6:副住職 井上朋裕

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